1954年12月24日大阪生まれ。

小学校の時にはマンガ、中学ではエレキバンド、北野高校ではバスケットボールに明け暮れつつ建築を志す。大学ではオーケストラでコントラバスを弾く。

1977年京都大学を卒業し、東京大学大学院に進学。原広司の下で修士課程を修める。この間、1978〜9年の<西アフリカ地域海外集落調査>に参加。

大学院在学中の1979年に設計組織アモルフを創設して設計活動を始める。並行して様々なメディアで批評活動を展開。

92年より京都大学准教授。毎年学生たちと古代都市遺跡を訪れ、都市の原形を辿る旅を続けるとともに、現代都市ヴィジョンを構想し、提案もしている。


作品は、1982,83年度のSDレビューに選ばれた高雄と古河の住宅をはじめとし、1986年に湘南台文化センターコンペで2等入選、第二国立劇場コンペBEST30、87年愛知県新文化会館コンペ佳作、同年完成のOXY乃木坂は91年のアンドレア・パラディオ賞入選、軽井沢の別荘で88年の吉岡賞受賞。

89年D-HOTEL大阪、箱根・強羅花壇で神奈川県建築コンクール優秀賞、91年青山にTERAZZA、TBSニュース23のガラスのスタジオセット、92年のStairway to Heavenでは名古屋市都市景観賞受賞、93年のBlue Screen House(自邸)は94年のアーキテクチュア・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。

94年山口県周東町パストラルホール、95年仙台メディアテーク・コンペ佳作、ミッド・ウェールズ・センター・フォー・ジ・アート(MWCA)コンペBEST6。

98年山本寛斎本社ビル、2000年愛知県にRefraction House、神奈川県にSM House、2001年長野県にThird Millennium Gate。

2001年白石市ふれあいプラザ・プロポーザルコンペ1等受賞。母校北野高校の計画は2003年にすべてが完成。


著作に作品集『竹山聖』(1990、六耀社)、『都市を呼吸する』(1994、リブロポート)、CD-ROM作品集『竹山聖/空の建築』(1995年、ハートランド)『独身者の住まい』(2002年、廣済堂出版)。


展覧会に1989年個展<不連続都市>(ギャラリー間)、1990年に始まった<Emerging Japanese Architects of the 1990s>はニューヨーク、ボストン、モントリオール、ヒホン、マドリード、バルセロナ、テサロニキ、ニコシアと巡回。

1991年には<線の表現/眼と手のゆくえ展>(埼玉県近代美術館)に招待出展。96年ミラノ・トリエンナーレ日本チームコミッショナー。

1998年よりスペイン・ヴァレンシア工科大学、99年よりパリ・ラヴィレット建築大学でワークショップを行い学生の指導にあたっている。


2004年にはクロード・ガニオン監督の映画『KAMATAKI』(2005年モントリオール映画祭最優秀監督賞ほか受賞)において美術監督を務める。

2007年「高雄國家藝術文化中心」国際コンペで3等入賞。